ふだん、皆さんが神社に行かれて目にとまりそうなもの、あるいは奥深くにある様々な物や事にスポットを当て『神社の中のモノ・コト』と題して書いてみようと思います。
さて、第1回は神社の境内に入って、社殿の正面にまず目に付く『鈴』とそれを鳴らすための綱である『鈴緒(すずお)』について書いてみたいと思います。
鈴は、その清らかな音色から人の心を和ませ、悪霊を祓(はら)う道具として、古来より神社では、ご神前に吊るしたり、神楽の中で巫女が振るなどのように使用されて来ました。
鈴鈴の語源は、『倭訓栞』(注(1))に「鈴と読むは音の涼しきより名来るべし。(中略)神慮(神のみこころ)をすずしめるの意なり」、あるいは、朝鮮語起源説など諸説があるようですが、明らかではありません。
『延喜式』(注(2))には、お祭に使う用具の一つとして記載され、『江家次第』(注(3))にも宮中の神事の中で吊ってある鈴をはずして鳴らしたとあります。
余談ですが、『吊るす』と『立てる』では、どういう意味の違いがあるのでしょうか。
両者は、一見同じように見える状態なのですが、素材の硬軟や引力の問題ではないように思われます。
さて、鈴は、決して「神さーん。私、お参りに来ましたよー。」というような神さんを呼び出す呼び鈴ではないようです。
普通、順序として鈴を鳴らしてから拝みますが、上に書いたような意味からすれば、巫女さんがお神楽の鈴をご祈祷の最後に振るのと同じように、拝んでから最後に鈴を鳴らして神さまの力をもらうのが順番かもしれません
そして、それを鳴らす綱を鈴緒(すずお)といいますが、これは麻緒という紐(布をなって作っているものもありますが)3本を『螺旋』状にない、縄状態にしたものが多いようです。
では、なぜこれを鈴綱・鈴紐、あるいは鈴縄とは言わず鈴緒というのでしょうか。
新潮国語辞典にもあるように、『緒』という言葉には、「魂をつなぐもの・いのち・玉の緒」という意味があります。そして「へその緒」という言葉も思い起こします。
「ここ」と「向こう」をつなぐものとして、橋や階段、坂道などもそうでしょう。そして神社の参道も。
「ここ」も大事なら、「向こう」も大事。それらをつなぐものも大事。
この鈴緒の先端は天までずぅーっと伸びて・・・・・。これに『触る』ことによって、これを『振る』事によって、音をさせることによって、神の力を頂くのかもしれません。
神が現れるとき。神のおとづれは、『音連れ』。
シャーマンが神を降ろすとき、衣服に小鈴を多くつけて身を振って鳴らすといいます。
中国文学者白川 静氏の著書『漢字百話』には、『神にはことばはない。ただそれとなき音ずれによって、その気配が察せられるのみである。神意はその音ずれによって推し測るほかはない。』と書かれています。
神意はやはり察し、推し量るもの。いきをこらし、心を整え、耳を澄まして待ちましょう。緑に囲まれた静寂な空間の中で。
さて、『鈴緒』は、神様にお願いをするとき、参拝の方が触れることが出来るただひとつのもの。
それは縋るもの。
心を込めて、両手でしっかり握り振りたいものです。
でも、あまり力いっぱい振らないでください。ほこりが落ちてきたり、割れた鈴が落ちてきたりするかも。
どうぞご用心を。
注(1) 『倭訓栞(わくんのしおり)』
江戸中期の国学者谷川士清(たにかわことすが)編纂の国語辞書。前・中・後の 3 編より成り、見出し語を五十音順にならべる点では,近世の辞書としては珍しく江戸時代の代表的な国語辞書といわれる。(平凡社刊 『世界大百科事典』より)
注(2) 『延喜式(えんぎしき)』
養老律令に対する施行細則を集大成した古代法典。 905 年 (延喜 5) 藤原時平ほか 11 名の委員によって編纂を開始したが927 年 (延長 5) に至って完成。50巻。40 年後の 967 年 (康保 4) に施行された。条数は約 3300 条で, 三代格式のうち,ほとんど完全な形で今日に伝えられているのは《延喜式》だけであり,日本古代史の研究に不可欠の宝庫と言ってよい。(平凡社刊 『世界大百科事典』より)
注(3) 『江家次第(ごうけしだい)』
平安後期の儀式書。編纂者大江匡房(まさふさ)はこの時期の代表的文人で,正月四方拝にはじまる宮廷の年中行事,神事・仏事・践祚などの臨時の公事,改元・陣定などの政務,また大痢その他臣下の儀にいたるまでを載せている。(平凡社刊 『世界大百科事典』より)
今回は神社で祭典の時、神職が座る(正座で)円座や畳、そして正座という座り方について書いてみたいと思います。
この円座は古くは藁蓋(わらふた)に似ている事から「わらふた」が「わらふだ」に、そして「わろうだ」と言うようになりました。そのまるい形から円座ともいい、藁(わら)・菅(すげ)・いぐさ・まこもなどでつくり、神事には座席用として使用します。現在はいぐさで渦巻状に7巻き半巻いて作り、最後の綴じ目を座る人の後にして敷きます。
しかし、円座は仮に座るところで、本座は畳。祝詞(のりと)などを奏上する所は畳です。
神社の中には、意外と渦巻きや螺旋の形が随所にありますが、どんなところにあるか皆さんはお気づきでしょうか。前回紹介した鈴緒も螺旋でしたが、円座のここにも渦巻きがあります。
さて、円座は平安時代の代表的な建築様式である寝殿造り(貴族社会)でも使われており、神社だけで使われて来たものではありません。寝殿造りは、室内は全部板敷きで、座る場所に置き畳や円座などを敷きました。元来、畳はその名の通り、薄くたためる敷物でしたが、時代が変わるにつれ厚みができ、次の鎌倉時代には板の間の周辺にぐるりと敷くようになり、さらに室町時代には、現代のようにギッシリと部屋全体に敷き詰めるようになりました。
やがて江戸時代になるとようやく一般庶民の長屋でも畳が敷き詰められるようになりました。
平安時代や鎌倉時代では、畳にはなかなか座れるものでは有りませんでした。地面に座っていたものが少し昇進すると縁側に上がることを許され、さらに昇進すると縁側より室内の板の間に入り、さらにえらくなると板の間に円座を敷くことが出来ました。この厚さわずか数センチの畳で身分の違いを表現していたわけです。
さて、次に正座の歴史を少し考えて見ます。
正座という言い方が初めて使われるようになったのは、意外と新しく戦前の修身の教科書のようで、「正しい」と言う言葉を使っているのはいかにも修身らしく、それ以前は端座などと呼ばれていました。
外国でも、中国の秦始皇帝陵で出土した陶俑にも正座像が見られ、イスラム教徒のモスクでの座拝(正座)などがあり、正座は日本独自のものではないようです。
ところで、かつて日本の神々は現在のように神社に定在するものでなく、到来するものでした。おとずれるものであり、立ち現われるものであり、やがて元のところに帰って行くものでした。諏訪の御柱祭など全国のいろいろな祭で柱を立てたりするのは、神を招くための柱であり、柱を立てると言うことは、神の現われを示す象徴的な行為で、そのため神は一柱、二柱と呼ばれました。
「しかし、平安時代の『延喜式』(前回の中で説明)の『神名帳』には三千百三十二座の神と「座る」と言う字を使って記されていますが、これはおそらく仏教の影響で、仏教がわが国に伝来によってそれまで無かったお社(やしろ)などが建てられるようになり、「訪れる神」からそのお社に「定在する神」になりました。柱として「立つ」神から今度は「座る」神へ、それと共に古代の一柱、二柱と言う呼び方が一座、二座という言い方に変化し、伊勢に「坐(いま)す」神や、出雲や熊野に「坐(いま)す」神と言うようになったようです。
平安時代の男神像が座禅をする時の足の組み方である結跏趺坐(けっかふざ、松尾大社)と正座(熊野速玉大社)という両方の姿で現わされており、また同時代の絵巻でも男子は、「立て膝」か「あぐら」、女子は「横座り」など、様々な座り方をしていました。
また中世の絵巻物でも、まだ儀式的な場面でさえ座り方にまったく決まりがなかったように思われる様々な座り方が見られました。
室町時代でも正座の姿勢をとるのは、神前・仏前などで礼拝するとき、何かの儀式や目上のものに対するとき、などの場合に限られていたようで、一般には座る姿勢はあぐらや立てひざが多く、正座はほとんどしなかったようです。
江戸時代に入り、小笠原流作法によって正座が正式なすわり方とされたのは、八代将軍吉宗の時代以降といわれており、これが市民層にも普及したのは、江戸中期も後半になってからのことで、やはりこれも畳が市民層にまで普及した事にも関わっているからでしょう。
このように時代によって座り方が変って行った要因の一つに家屋の建築様式の変化と言う事があります。平安時代の寝殿造りが、やがてすたれて室町時代頃に書院造りが広まりましたが、それと同時に畳が家の中に敷き詰められるようになりました。それによって正座が出来る下地が出来ていったようです。
さて、床の間や生け花、違い棚の上の置物や庭などが、すべて座った人の視線を基準にしてしつらえられているので、座るべき所に椅子を置いて座ると、全てのものと目の高さとのバランスが一挙に崩れてしまいます。もちろん神社もそうであって、足が痛いから正座をやめて代わりにイスに座ると神座を見下ろすような事になってしまいます。いろいろな物を見上げる時、見下ろす時、それぞれに違う自分の心を発見します。座った時の目の高さ、これが日本文化を感じたり創造したりする基準になっているようです。
〈参考文献〉 『神道大辞典』、『神社有職故実』、『坐の文化論』山折哲雄著、『黒潮の流れの中で』川添 登著、『天下無双の建築学入門』藤森照信著、『神道とは何か』鎌田東二著、『しぐさの日本文化』多田道太郎、『日本大百科全書』、『しぐさの世界』野村雅一著、『福助さん』荒俣 宏著
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